新米パパの小さな発見手帳

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「空気を読む」ことについて

      2013/05/14

数年前の流行後で、「KY」というものがあったことは、皆さん覚えているんじゃないでしょうか。

KY、つまり「空気が読めない」という意味です。場の雰囲気を読むことができず、場違いな行動をする様子を表現するための、冗談の言葉でした。

ちょっと排他的なニュアンスがあるから私は好きじゃなかったんですが、それでも人間集団の中でより快適に生きていくために、場の雰囲気を読めたほうがいいという考えにはまったく賛成です。

 

さて、空気を読むということに関して、どなたか有名な人が(斎藤孝?)こんなことを言っているのを最近耳にしました。

 

     「空気を読むことが苦手な人は、

     道を歩いているとき人とよくぶつかりそうになる」

 

これには、「なるほど、納得」という感じです。

残念ながら私は、人の考えていることや場の雰囲気に気づくことが、あまり得意じゃないほうだと思っています。

そして思い返してみると、確かに私は道の向こうから歩いてくる人とよくぶつかりそうになるんです^^

空気を読むことと、道をぶつからずに歩くことの間には、私の経験から言えば確かに関係性があるように思えます。

 

道を歩いていて人とぶつかるという事自体は、本当にささいな話です。

でも、もしかすると私は一事が万事、そういう結果を招くような行動や考え方をするクセがついてしまっているのかもしれません。

つまり、もしかすると私は周囲の人の反応(行動、感情、・・・)に対して、少し鈍感な面があるのかもしれません。

そしてそのために先手を打った対応を取れず、人生でひそかな損を重ねているのかもしれません。

無意識のうちに染みついた行動や考え方のクセというのは、じわじわとですが確実に人生に影響を及ぼしてくるものだと思います。

そんなわけで、この機会に 「自分は相手の気持ちを察せているだろうか、場の空気を理解できているだろうか」と、一度点検してみても良いかもしれないと思ったのでした。

まずは、交差点で人とぶつからないように歩くトレーニングから始めるかな(笑)

 

P.S.

場の空気を理解する、相手を察する、ということは大事なことだと思います。

でも究極的には、空気を読み切る・察し切ることは不可能で、たえまない対話でお互いの理解を深めることが必要不可欠だと思います。

空気を読めば話をしなくてもいいとか、人を思い通りに動かせるなどと考えるのは大間違いだと思っています。念のため。

 

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