新米パパの小さな発見手帳

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ノーベル物理学賞受賞・・・ということで、中村修二教授の昔の本を再読

      2014/10/25

今年のノーベル物理学賞の発表があり、青色LED(発光ダイオード)の研究・開発を成功させた「日本人」3人が受賞しました。

例によって、「日本人が受賞した!」「しかも3人とも!」とマスコミが大騒ぎしております。「日本の基礎研究のレベルの高さが証明された!」なんていう調子のいい報道がされてますね。

いち技術者で、物理系の出身である私としては、こうしたニュースにはすごく胸おどります。

ですけど、同時に微妙な気分も味わっています。

というのは受賞者の1人で、そしておそらく今回の受賞にもっとも直接的なインパクトを与えたと思われる、カリフォルニア大学教授の中村修二氏が、日本の研究環境に幻滅してアメリカへ飛び出してしまった人だからです。

(今回の一件ではじめて知ったんですが、中村氏は米国籍を取得しているそうで、いま現在は法律上「アメリカ人」になっているようです)

 

実は中村氏には数多くの著書があり、私もそのうちの一冊をだいぶ昔に読んだことがありました。ノーベル賞受賞を記念して、その本を取り出して久々にざっと読んでみました。

やっぱり10年近く前に読んだ本の内容って、あんまり覚えてないもんだなあと感じました(笑)

 


『負けてたまるか! -青色発光ダイオード発明者の言い分』
著者: 中村修二
出版社: 朝日新聞社
出版日: 2004年3月11日

 

この本では、中村修二氏が高効率の青色発光ダイオードの発明に至った経験談が書かれています。

読んでいくと、中村氏が日本のメーカーにとっていかに規格外のキャラクターの持ち主であったかが、よくわかります。

 

中村氏は、自ら「常に私の視野は狭く深い」と言っているように、やりたいこと・やりたくないことがとにかくハッキリしてます。

いやなことはとことんイヤという性分らしく、大学時代には文系の教養科目をとるのがイヤでたまらず、下宿にひきこもったこともあるとか^^

 

一方、一度やると決めたことに関する執念と集中力はすさまじい!

青色発光ダイオードの開発を決意すると、社長に一人で直訴して億単位の研究投資を認めさせました。

そして、友人との付き合いや社内の会議や上司への報告を徹底的に無視して研究に没頭します。

会社が難色を示した社外での論文発表や特許申請も、さかんに行っていきます。

そうした行動は「わがまま」とも言えますが、行動のひとつひとつに中村氏なりの信念があって、憎めないものを感じます。自己主張ばかり強い問題児ではないことがよくわかります。

 

そして、本の最後のほうで書いてある、いわゆる「青色ダイオード裁判」に関する記述。これがやはり興味深いです。

この裁判はニュースでも大きく報道され、たいへんな議論を巻き起こしたことは、今でもよく覚えています。

ですが当時学生だった私は、裁判の経緯や論点をあまりよく理解していませんでした。

当時の私の、青色ダイオード裁判に関する理解はこうでした。

 

中村氏がほぼ独力で開発した高効率青色発光ダイオードで、当時の所属先である日亜化学は莫大な売上と利益を得た。

この発明に伴う、過去から将来までの予想される売上総額は、推定で1兆円以上。

しかしそれに対して中村氏が得たボーナスはたったの2万円。

この少ない報酬を不服として、中村氏は発明の「相当の対価」として200億円の支払いを求め、日亜化学を提訴した。

その結果、裁判所は日亜化学に対し、200億円どころか実に600億円もの支払いを求める判決を出した・・・

 

これは大筋で正しいですが、この本を読むと、報酬の少なさだけが提訴の理由ではないことがわかります。

日亜化学をやめてアメリカの大学へ転じた中村氏は、元勤務先から機密漏えいの訴訟を起こされました(後に日亜側が敗訴)

その言われのない訴訟への対応でヘトヘトになり、新天地での研究にまで差し支えるに至って、ついに堪忍袋の緒が切れて逆提訴、徹底抗戦に出ることにしたのだそうです。

日亜側からの訴訟による状況のこじれがなければ、中村氏が好き好んで報酬を得るために提訴することはなかったのかもしれません。

またこの提訴に関しては、どんなに成果を出した技術者も正当に報われない日本社会への異議申し立てのため、あえて嫌われ役を買って出たという側面もあるようです。

 

中村氏のやり方はすべて良いとは思いません。そんな、あえて敵を作りやすい言動をしなくてもよかったんでは、と感じる部分もあります。

ですが「優秀な研究者・技術者がもっと(正当に)報われる環境を作るべき」という主張には、私もいち技術者としてまったく同感です。

そうでないと、優秀な技術者はどんどん海外に活躍の場を移してしまうかもしれません。

現にこの裁判以降、韓国のサムスン電子に日本の技術者が好待遇で引き抜かれ、技術を持っていかれるなどの動きが顕在化してきました。

逆風の中で孤軍奮闘して大発明をものにしたあげく、日本の研究環境に愛想をつかして米国へ行ってしまった中村氏のことを思うと、「日本人3人が受賞」「日本の基礎科学の強さは健在」とノーベル賞を単純に喜ぶ気には、なかなかなれません。

 

 

この本は青色ダイオード裁判が終結する前に書かれたものなので、情報に古い部分があります。

けれど、米国への移籍と特許紛争の最中に書かれたがゆえに、当時の中村氏が抱いた思いが鮮烈に描かれているという点で、とても興味深い一冊です。

たぶんノーベル賞受賞記念ということで、中村氏の著作が本屋さんにどーんと並ぶと思いますので、皆さんもなにか一冊、彼の著作を読んでみてはいかがでしょうか?

 

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