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迷いの中でも人間らしさを忘れないおとなの物語・・・宮本輝 『草原の椅子』

先日、大学時代のサークルの同期、1年先輩、1年後輩が10年以上ぶりに大集結する飲み会がありました。

先輩や後輩のほとんどとは、卒業してからほんとに一度も会っていない人が多く、「忘れられてないかな~。人が変わっちゃってないかな~」と多少ドキドキしながら参加しました。

でも、そんな先輩後輩とも、一瞬顔を合わせただけで無邪気な学生時代の関係にタイムスリップ! 「おお~~!! ネリノ!!(←実際は本名で呼ばれてマス) 変わってね~な~!」 という一つ上の代の部長のひと言が、なんだか嬉しくてたまりませんでした。

やっぱりある時期苦楽を共にした(そしてケンカもした。笑)仲間というのは一生モノの存在だなと再確認した次第です。

 

さて、大学を出て10年以上経つと、結婚したり子どもができたりしている人も多いです。

学生時代にそれほど親しかったわけでもない先輩(彼も結婚して子どもがいる)と、なにやら子どもや家族のことを話しこんでしまったんですが、そのとき私は、最近感じるようになったことをその先輩に話しました。

 

子どもができてから、「子どもに命のバトンを渡したんだな、

この子の人生はこれから始まるけど、

自分の人生には限りがあるんだな」ということを

意識するようになった

 

するとその先輩はこう言いました。

 

おれはそういう考え方あんまり好きじゃないな。

子どもができたから自分に制限がつくとか、

自分は半分終わっちゃたとか、そう考えるのは違うと思う。

子どもができても、自分の好きな事を追求して

輝いていけばいいんだと思うよ。

 

うーん、なるほどねえ。国家公務員として淡々と着実に仕事の実績を重ねている先輩らしい発言です。

私は別に「自分の人生は半分終わってしまったなあ」とか、なにか諦めをもって生きるんだとか、そう感じているわけじゃないんです。そこは先輩に少し誤解されちゃったかなと思います。

ただ、「子どもはまだこれから70年も生きる。それに比べればおれは40年くらいしかない」 と、自分の人生の有限性を痛烈に意識するようになったのは確かです。

「その有限の人生の中、自分はなりたい自分に本当に近づいているのか?」

「やりたいことをやらずに過ごしていないか?」

いまの仕事に若干の行き詰まり感、「成長が止まった感」を感じることもあって、自分の生き方を振り返って再調整しようと、少し迷いの中にあるこの頃の私なのです。

 

 

さて、毎度前置きが長くなりましたが、この話と多少関係するところのある小説を、つい先ほど読み終えました。

 

 

15年前くらいに書かれた古い作品ではありますが、なぜか今年に入って映画化されたんですね。本屋でもこの文庫本が平積みされて、帯に「映画化!」という文字が躍っていました。

私は何を隠そう、一番好きな小説家が宮本輝という「輝ファン」なのですが、この作品は読んだこともなければ存在すら意識していませんでした。映画化の話を聞いてミーハー心をくすぐられ、今ごろになって読んでみた、というわけです。

 

さて、この物語の主人公は50歳になるメーカーの営業局次長、遠間憲太郎です。物語は、遠間がパキスタンの秘境の村、フンザへ旅行にいったときの回想から始まります。彼が日本人になじみのないこの土地を訪れた理由は、妻との離婚。現実逃避と、自分を見つめ直したいという想いがない混ぜになった状態で、彼はフンザを訪れ、その老人から印象的な言葉をかけられます。

そんな遠間と仕事上のつきあいがあるカメラ会社経営者で、同年代の富樫重蔵が、もう1人の主人公的存在です。親友のちぎりを交わした2人に、陶磁器店の主人で離婚経験のある篠原貴志子、母親の虐待から心身が未発達なまま育った5歳の男の子・喜多川圭輔らが関わり、物語が展開していきます。

遠間と富樫は、人生の後半を迎えた者としての迷いを抱き、過ちや失敗を犯しながらも、人としての尊厳を守り、困難な状況に立ち向かっていきます。この物語の魅力は、当の宮本氏があとがきで書いている、まさにその通りだと思います。

「草原の椅子」の中で、私は市井のなかの「人間力のあるおとな」を主人公に置きたかった。学歴や肩書きや地位や収入とは関係なく、慈しみの心を持つ、人間力のあるおとなを書きたいと思った

「草原の椅子」は、派手などんでん返しやトリックはなく、淡々と出来ごとを描いているにもかかわらず、「ああ、人ってそういうものだよね」「哀しく醜いけど、それでも美しくて楽しいものなんだなあ」ということをしみじみと感じさせてくれる作品になっています。

宮本輝の小説はどれもそうだと思いますが、地味といえば地味、古風といえば古風です、だから輝ファンの私でも、「こりゃ面白そうだ! すぐ読みたい!」っていうテンションになることは、ハッキリ言ってあまりないんですね(おいおい。笑)

でもいったん読み始めると、いつも一気にひきこまれてしまい、ページをめくる手が止まらない。そして読み終えると、 人間や人生に対して今まで少し希望を持てるようになり、そして人にちょっぴり優しくしたくなるんですね。この宮本マジックは、本作でも健在です。

私はまだ30代半ばですが、物事がかつて思い描いた通りにいかずに、迷いや焦りを感じたりします。そんなわけで、この話の主人公たちには非常に共感しながら読みました。

 

ただ、この本を読んで、これまで読んだ作品と違うなあと感じたことがあります。

それは、日本の現状に対する失望、怒り、このままじゃいかんというヒリヒリとした焦りが、あちこちに描かれているということです。

登場人物の発言の中にも、理屈を先行させて人情を忘れ、人間としての尊厳を見失った日本人、あるいは日本という国に対する嘆きが、何度も繰り返されます。作者のこの思いの強烈さに、時として胸が重くなるほどでした。

この作品が書かれてから15年近く経ちます。しかし、自分さえよければいい、利益が出せないやつは自業自得と切り捨てるような風潮は、その後弱まるどころか強まり続けているように感じます。この作品が放つ怒りに満ちたメッセージは、今現在でもまったく有効性を失っていないと思います。

私も、焦りだ、迷いだとか書きましたが、それを言いわけにして周囲の人への優しさ、気配り、配慮をおろそかにしていないか? そんなことを自問させられる作品でした。

 

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