世の中にはいろんな音楽がありますが、私にとって「わざわざお金を払ってまで聴きたくないけど気になる音楽」というものが、いくつかあります。特に、「現代音楽」とか「前衛音楽」とよばれるジャンルに多いかな。
つい10年くらい前まで、私がそういう音楽に接する機会というのはまずありませんでした。わざわざ自分が好きになる可能性がものすごく低い音楽に、お金を割くことはなかったわけです。
ところが、YouTubeなどの動画共有サービスが発達したおかげで、時代が完全に変わりました。いまや自分と縁遠い音楽を、気軽に無料で試せる時代がやってきたわけです。すばらしい!
というわけで、『変な音楽に挑戦する会』と題して、最近私が基本的に無料で試した、人を選びそうな音楽を紹介したいと思います。
初回から、その筋では有名な一曲を取り上げてみます。『イリアック組曲』です。
この『イリアック組曲』は1957年の作品で、クラシックの、いわゆる弦楽四重奏の形式で書かれた曲です。
ただ、その作曲者がなんと・・・アメリカのイリノイ大学のコンピュータ、ILLIAC I なのです。
そう、この『イリアック組曲』は、世界初の、コンピュータが作曲した楽曲として歴史に名を残している曲なのです。
その演奏を、YouTubeから引用してみました。私も YouTube ではじめてこの曲を耳にしました。
「思った以上にちゃんと曲として成立しているなあ」というのが、私の第一印象です。
当初の予想では、もっと一音ごとにめちゃめちゃな音の飛び方をする曲を想像してました。言ってみれば・・・そう、ちょうどうちの4歳の子がキーボードをめちゃめちゃに叩いたときみたいな音楽かと思ってました(笑)
全体的に、和音の響きがかなり古典的な印象を受けました。モーツァルトとか、ハイドンとかの時代のような、要するに「ちゃんとした」様式美のようなものを感じました。
ただ、音の進行やフレーズの中断・繋ぎの部分に、なんとも言えずたどたどしい雰囲気があって、「ああ、やっぱコンピュータが作った曲だなあ」というふうに感じます^^
第4楽章になると、現代的なちょっと不協和な響きのフレーズが出て来くるのが興味深いです。
では、この曲、どうやってコンピュータが作曲したんでしょうか?
まっさらなコンピュータが勝手に曲を作り始めることはないわけで、必ず人間が組み込んだ作曲ルールのプログラムに沿って作曲しているはず。ではそのルールとは何なんでしょう?
実は、今年6月の電子情報通信学会の学会誌で、「音楽情報処理技術」というとても興味深い特集が組まれていたんですが、その中で自動作曲技術の歴史とこれからを概観する記事があり、その中で『イリアック組曲』の作曲法についてわずかながら説明がされています:
この作品は、音高のマルコフ連鎖と乱数生成に基づいて音高列を生成するモジュールと、生成結果が妥当であるかを判定するモジュールを交互に用いて楽曲が生成されている。妥当性の判断は、ある旋律と同時に演奏する旋律を作曲するための理論である対位法に基づくルール、音高同士の不協和回避のルールに基づいて自動的に行われる。初めて計算機で作曲を試みたということに加え、楽曲や曲の部分ごとに特定の雰囲気を生成するために生成楽曲の妥当性を判定するモジュールを組み込んでいる点が興味深い
北原、深山『自動作曲・自動編曲の現状と課題』電子情報通信学会誌 平成27年6月号
マルコフだかマルコメだか知りませんが、要するに単純に音をランダムに並べるのではなく、不協和音が生じないように、また旋律のつながり方がおかしくないようにという制約のもとで、音を生成しているそうです。
だからあんなに古典的な響きの曲が出来上がっていたのか~と、なるほど納得です。しかしいくら古典派的な様式を利用したとはいえ、曲として聴くに値するレベルの作品に仕上がっていることに驚きを感じます。
しかも、これが作曲されたのが1957年ですよ? 世界初のコンピュータが作られてから10年経つか経たないかという、コンピュータの黎明期です。そこに驚かずにはいられないです。
作曲に使われたコンピュータ ILLIAC I は2,800本もの真空管を組み合わせた、重量4トンを超える図体の、怪物のようなマシンだったそうです。 しかも真空管は1年くらいしか持たないので、少しでも長持ちさせるために毎日使用後にシャットダウンしていたそうです(笑)
そんな時代にコンピュータで作曲してみようという発想自体がすごいし、一応の成功をみたところもすごいです。
このままコンピュータによる自動作曲の技術が発展していったら、人間がやることがなくなってしまうのでは、という想像がチラリと頭をよぎりました。
というわけで、初回からなかなか強烈な一曲『イリアック組曲』のご紹介でした。